紅河とハノイの文化との関係
ハノイには多くの川がありますが、その中で、紅の河と表記する紅河は最も大きな川です。ハノイの文化を語る時、紅河を抜きに考えられません。

ハノイには多くの川がありますが、その中で、紅の河と表記する紅河は最も大きな川です。ハノイの文化を語る時、紅河を抜きに考えられません。

西の湖と書いて表記されるホテイ(西湖)と読むハノイ市西部にある西湖は有名な景勝地です。この湖の周辺にはハノイの歴史にまつわる数多くの遺跡があります。

ハノイ市の中心地にあるベトナム歴史博物館は1926年に建設されたルイ・フィノー(Louis Finot)博物館を受け継ぐ形で誕生し、ベトナムで建設された博物館としては最初のものです。この博物館で展示されている品々は前史から今日までのベトナムの歴史を物語っています。

バーディン広場は首都ハノイの有名な歴史的見所です。今から69年前の1945年9月2日、この広場でホーチミン主席はベトナム民主共和国の誕生を告げる独立宣言を読み上げました。

ハノイの中心地に位置するホアンキエム湖(剣を返すという意味)、別名、ホー・グオム(剣湖)は緑豊かな湖畔があり、人々の憩いの場となっています。そして、ホアンキエム湖はハノイの象徴的な存在で、ハノイ市民の誇りの一つともなっています。

ベトナム北部を流れる紅河にかかるロンビエン橋は、今から約百年前、フランス植民地時代に造られました。

タンロン王城はタンロン城跡の歴史に密接につながる遺跡群の一つです。この建築物は歴代の封建時代にわたり建てられており、ベトナムの遺跡として有名です。2010年、タンロン王城はユネスコ国連教育科学文化機関により、世界文化遺産として認定されました。

1010年、リコンウアン(李公蘊)王がタンロン(現在のハノイ)に遷都してから10世紀以上たち、多くの歴史の多くの浮き沈みを経てきましたが、ハノイはいつもベトナムの中心地として栄えてきました。いにしえの昔タンロン王城の遺跡は現在も残っており、ハノイの誇りの一つとなっています。

中部クアンチ省ゾーリン県ビンチュオン村にはチュオンソン共同墓地があります。この墓地にはホーチミンルートで犠牲になったベトナム人民軍の幹部、兵士が永眠しています。毎年、7月になると、この共同墓地を訪れる人々が増えています。

アメリカ帝国主義者に対する戦いが行われた1964年8月5日、アメリカ軍はピアス・アロー作戦を開始しました。この作戦目的のひとつは中部の橋とフェリー渡し場を根絶させるため、中部にかかる橋やフェリー、渡し場などを破壊しつくすというものです。
